日本初(?)有罪率99.9%の刑事裁判で〝二度も〟無罪判決を勝ち取った男のブログ!

過去、二度も刑事裁判の被告人として法廷に立たされるも、自力で反証、反駁をし二度も無罪判決を勝ち取る!そんな私が、あらゆる事を綴る!

なぜ、痴漢冤罪は起きるのか?(検察の体質)


 おはようございます

 三連休は、いかがお過ごしでしたか

 天気が今一パッとしなかったので、ちょっと残念でしたね

 まっ、やっとこさ梅雨明けしたみたいなので、刹那な常夏を満喫しましょう


 さて、先週も、なぜ痴漢冤罪は起きるのかと言うテーマで、その中でも警察の体質について焦点を置いてお話ししましたね

 改めて、ちょっと言い方をを変えて振り返ると、

 
 ① 被害者が嘘を吐くはずがない。

 ② 加害者は常に嘘を吐く。

 ③ 自分達の考えは絶対に正しい。



 と、言うことでした

 これらの三点の考えが相俟って、余計に警察は間違いを修正出来ないのです

 これは、ホントにホントに恐ろしい事です


 今日は、②の警察、検察の体質の中でも、検察の体質について逆転無罪のボクから見た体質についてお話しします


 ② 検察の体質


 改めて、検察って何なのかをオサライすると、


 検察とは検察権を行使する権限を有する官庁で、あくまで独任官庁(つまり一人一人の検察官が一つの役所としての権能を有しているという意味)と称される個々の検察官である。
 
 検察官は刑事事件の司法的処理を担当することを主な任務としている。

 その場合、警察から送致(マスコミ用語では「送検」)された事件に対する捜査を行い、公訴の提起の是非を定め、公訴提起(起訴)後は、同事件に対して、裁判所が公正かつ適正な法適用を行うよう求めるための訴訟活動を行う。



 と、言うことで、簡単に言うと、警察から送られた事件を、検察官一個人で被疑者(マスコミ用語で容疑者)を起訴(裁判にかける)するかどうかを決める場所だと言うことです

 これは、非常に絶大な権限で、たった一人の検察官の胸三寸一つで、被疑者を裁判にかけるかどうかを決めれるのですから

 基本的には、上司に〝起訴しましょうかね~〟等と、相談せずに自分一人で裁判にかけるかどうかを決定するのです

 詰まり、一人の人間の人生を左右する権限を持っているという事です

 
 だってそうでしょう

 刑事裁判にかけられたら、無罪にならない限り、懲役何年と言う刑を受けなければいけないんですから、その間の時間は事実上止まるわけですから

 懲役に行ったら、仕事はどうしますか、家はどうするんですか、恋人はどうするんですか、家族はどうなるんですか、等々一切良い事はないじゃないですか

 だから、そのきっかけを(裁判にかける)作れる検察官は、ホント強大な権限を持っているのです

 勿論、悪い事をした人は、その罰として刑は受けるべきでしょう

 しかし、何も悪い事をしていない無辜な人に、刑罰を与える事は決してあってはならないのです


 刑事訴訟法の基本理念には、『100人の罪人を逃しても、たった一人の無辜の人間を罰してはならない』と、言うものがあります

 ですから、理念上では、冤罪事件はあってはならないのです

 しかし、こうして冤罪事件が起こってしまうのは、一体何故なのかを述べている訳ですが、その理由の一つに検察の体質と言うものがあるのです

 
 
 この体質と言うのは、基本的には警察の三つの体質と変わりません
 
 しかし、被疑者を裁判にかけるかどうかを判断するので、慎重に慎重をを期して起訴するのかどうかの決定をします

 だから、日本の刑事裁判の有罪率は99.9パーセントと言う驚異の数字なのです

 100件の刑事裁判があったら、ほぼ100件の有罪判決を勝ち取れるんですから

 無罪判決になる確率は、たったの0.01%です

 だから、ホントに刑事裁判で無罪判決を勝ち取る事は、メチャメチャ凄い事なんですよ

 特に、逆転無罪判決なんて、尚更凄い事なんですよ皆さん(笑)


 なので、検察と言うのは、微妙だな、勝てるかな、と思うような事件は起訴しないのです

 換言すると、〝負け戦はしない〟と、言うことです

 だからこその、驚異の有罪率なのです

 これは、世界的に見ても断トツの数字です


 ここで、ちょっと話が逸れますが、先週から13年振りに始まった月9の〝HERO〟と言うドラマがあります

 これは、木村拓哉演じる久利生公平と言う、型破りな検察官の奮闘を描いたドラマです

 そうです、ドラマの中でキムタクは、被疑者を起訴するかどうかの権限を持っているのです

 
 ネタバレになってしまい恐縮ですが、先週の放送では、ある強盗致傷事件の被疑者を起訴するかどうかに、久利生公平が所属する東京地検城西支部が揺れに揺れたのです。

 その時に、久利生公平が言ったセリフがとても印象的だったのですが、彼は、

 『とりあえず起訴するではダメなんだ。起訴する以上は絶対に有罪にしないといけない。』

 と、言っていて、ボクは実にその通りだなと思いました

 結局、ドラマの中で久利生公平は、最初の段階では起訴出来ないと判断したのですが、自ら起訴出来るだけの証拠を執念で探し出し、最終的に起訴に持ち込んだと言う内容だったのです

 まっ、現実の検察官は、処理する事件数が多くて、自ら証拠探しに現場に出向くことは絶対になく、その点の補強証拠を収集するように警察に求めます

 
 だから、この内容はドラマならではなのですが、ただ、この内容は現実の検察を如実に表しています

 それは、これだけの証拠じゃ有罪に出来ないと思ったら起訴しない、と言う部分と、これだけの証拠があれば確実に有罪に出来るから起訴する、と言う部分です

 これは、正しく現実の検察の状況を描いていると思いました

 勿論、おもいっきりラフな格好の検察官が居る事は有り得ませんけど(笑)

 
 また、取り調べのシーンを観ると、ついつい自分もあんな感じで取り調べを受けていたなと、在りし日の光景を思い出します(笑)


 話は戻って、要するに、検察と言うのは、一人の人間の人生を左右する権限を持っている以上、起訴するかどうかの判断には慎重を期していると言うことです

 
 にも拘わらず、どうして痴漢冤罪が起きるのかと言うと、前記の警察と同じ三つの体質があるからです

 ですから、幾ら被害者証言と矛盾する客観的証拠があったとしても、それらはシカッテイングして、被害者証言を立証の柱にするのです

 
 今回の津山さんの事件では、犯行時間帯の防犯カメラの映像があって、左手は吊り革右手は携帯電話を持っていて犯行は不可能なのに、更には、逮捕直後の手のひらの微物鑑定では、被害者が着用していた制服の繊維片は検出されなかったのです

 なのに、これらの証拠はシカッテイングして起訴に踏み切ったのです

 結局、今回の事件に関しては、起訴した検察官が極めてアホだったのです

 それしか、理由が思い付きません


 前記の通り、検察官は独任官庁ですから、例えばAと言う検察官はこれは有罪に出来ると思うかもしれないし、Bと言う検察官はこの証拠じゃ有罪に出来ない、と思うかも知れなので、ホント個人差によると言っても過言ではありません

 津山さんの事件では、この例え話で言うAのアホな検察官が事件を担当してしまったのでしょう

 恐らく、優秀な検察官なら、これだけ客観的に矛盾する証拠があったら起訴しないでしょう


 
 最後に、検察の体質をまとめると、


 ① 基本的には警察と同じ三つの考えを持っている。

 ② 検察官は、一個人が独任官庁。

 ③ 警察から送致された事件は、何が何でも起訴しないといけない訳ではない。

 ④ 起訴するに当たっては、慎重な判断をしている。

 ⑤ 有罪に出来ないと思ったら起訴しない(絶対に負け戦はしない)。



 と、言うことです


 今日は、ここまでにして、明日は裁判所の体質についてお話ししします

 
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